頭の整理

 8月6日は、身の回りからというわけではありませんが、朝から特別な雰囲気が感じられます。蟬の鳴き声を聞きながら8:15に黙祷を捧げました。明日は立秋。そうは思えないほど暑い一日となりました。

 研究室では資料の整理やメールの対応でかなり慌ただしく時間を過ごしました。しかし、午後から時間をずらしてお二方と話をする機会があり、話を通して充実感を得ることができました。
 やはり、人と話をすると、自分の視野が広くなるだけでなく、自分の中にある様々な思考が整理されるものですね。今月、このような状況の中にありながらも、職員研修のため学校に招待してくださっている学校様もあります。そこでどのような話をしようかと考えていたのですが、その骨子が今日の午後の会話を通して明確になりました。
 対話を通して深い学びを得る、まさしくそれを実感した日となりました。

型の理解は…

 夏らしい日々が続いています。真夏日に熱帯夜が続く日々は体調維持にとって大変ですが、何とか乗り切っていこうという気持ちをあらためて強くもちました。日々の生活の中には、大なり小なり様々な大変さがあるものですからね。

 昨今の感染症の流行から、治療法のマニュアル化が望まれるという話を聞くことがあります。その都度、頭の中で「?」という疑問が浮かびます。それは、お医者さんの仕事と教員の仕事の違いに関してです。
 あまり深く議論をするつもりはなのでさらりと書きますが、お医者さんの仕事ではマニュアル化が望まれるけれども、教員の仕事にはマニュアル化が臨まれないんだな、ということに、ときおり「?」が頭に浮かびます。もちろんですが、お医者さんの仕事は「患者の治療」であり、その目標も結構明確です。そのため、治療方法に対するマニュアルがあることはありがたいことなのでしょう。対して、教員の仕事は「児童生徒の教育(?)」であり(?)、個々の児童生徒によりその目標が異なるという見方があるためからか、画一的な指導となり得るマニュアル化が望まれないということなのかな、と思ったりします(日本語になっていますでしょうか、かなり歯切れのよくない文になってしまいました)。
 分からないでもないのですが、治療のマニュアル化の背景にも、なぜそのような治療をするとよいのかという理屈があり、お医者さんはそれを理解していらっしゃると思います。であるならば、極めて基本的な教育技術や指導方法及びその技術について、それらの利点を十分に理解した教員を育成するために授業のマニュアル的なもの、いわゆる型のようなものを、学生さんたちに身に付けさせることはよくないことなのかな…、と思ってしまいます。
 個人的には、子どもたちに対してまずは基本を押さえた授業がきちんとできる力を学生さんたちには身に付けてもらいたい、その後の発展的な指導方法なのかオリジナリティのある授業なのかはよく分かりませんが、そういったものを各自でつくり出していってもらいたい、そんなことを思ったりしています。きっと、私が研究者ではなく、元現場教員だからこう考えてしまうのでしょうか、ね。

様々な会の中止

 昼の休憩時間に撮影した写真です。普段であれば人で賑わっているのですが、やはり今年独特の事態を反映しています。午後に大学の教室で行われた授業もあったようですので、もう少し遅い時間に撮影をすれば違った状況を捉えることができたでしょう。しかし、夏休みということでもなく、人が少ない構内となっています。

 本来であれば、今週あたりから免許状更新講習が始まっていたところでした。しかし、6月から開始予定であった公開講座も含め、その全てが中止となっています。教職大学院では、一部現職教員M2学生の、修了報告書中間発表会が予定されていましたが、これも中止となりました。
 事前に中止が決定していたものも、急遽中止になったものもあります。最も恐れているのは、教育実習が中止にならないかということです。4月当初には4年生優先で実施することも、という話もあったかと思いますが、県内の教育委員会及び各学校ががんばって受け入れてくださるようです。感謝をしつつ、大学でもできる限りきちんと指導をしていきたいと思います。