誰のため? と思うこと

  今日で5月が終わります。明日は衣替えの日。ちょうど休日となっているので、少しばかり服の入れ替えをしようかと思っています。

  先ほど、ネットニュースで「運動会はなんのため? だれのため?」という記事を読みました(妹尾昌俊氏、yahooニュース)。この記事を読みながら、自分が中高で教員をしていた頃や教職大学院で教員をしている今の状況を振り返り、似たようなことはどこにでもあるようだと思いました。
  つまり、「それは誰のためでしょうか?」ということです。
  記事の通り、運動会は誰のためだろうと思うことはありました。現に僕が勤務をした学校の中で、運動会や体育大会という行事を行わなかった学校があります。さまざまな目的を検討した結果、運動会や体育大会でなくとも目的は達成できそうだという考えからでした。
  中高に限らず教員をしていると、「授業は誰のためにしているの?」と思ってしまう場面に出くわすこともあります。例えば、技能教科の教員に関しては、子供の技能向上を目指すための授業ではなく、教員の技能を披露するための授業になってしまっているのではないかと思わせられる授業がありました。また、教員の知識披露のための授業というものもありました。
  大学について考えると、誰のための研究なのだろうと思われるような研究があるようにも感じています。僕は必ずしも実証研究が優れているとは思っておらず、基礎研究や理論研究が極めて重要であると思っていますが、実証研究でなければ意味がないと言われたこともありました。

  「だれのため?」「なんのため?」
  これからも自分自身に問い続けていきたいと思います。

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